これは裏切りである。酷い裏切りである。二人が培った友情への裏切りである。最愛の妹ナナリーへの裏切りである。七年前の輝かしい記憶への裏切りである。俺という親友への裏切りである。酷い、なんて酷い行為だろう。もう一番言おう、何度だって言おう、これから未来永劫に俺はこの男を裏切り者と呼び続けるだろう。
裏切り者、裏切り者、この裏切り者!友達だと信じていたのに、親友だと、信じていたのに!
「―――――あ、ぅっぐ、」
痛みに耐えきれず無様にも呻き声をあげる俺に、スザクは申し訳なさそうに眉を下げる。
「ルルーシュ……」
切なげに俺の名を呼び、壊れものに触るとでもいうような手つきで頬を撫でる。その手は数分までとなんら変わりない、親友の手だった。しかしその手は数分前とは全く違う意味合いを持って俺に触れていた。いや、数分前も今と同じ意味を持っていたのかもしれない。ひょっとすると七年前からスザクは友情を込めて俺と触れ合っていたのではないかもしれない。とするとスザクという男は、なんと酷い男なのだろう。スザクはずっと騙していたのだ。俺も、ナナリーも。
この男は知っているはずだ。ナナリーの淡い想いを、俺の信頼を。しかしこの男はそれを無視した。それを無視して自分の欲望を押し通したのだ。ナナリーの想いに答えを出さず、俺の信頼をいとも簡単に砕き割った。想いに応えてくれずとも良かったのに。ナナリーを女として愛さずとも、ただ側で笑ってくれさえすれば十分だった。なのにこの男はそれも拒否した。ナナリーの側には居たくないと言い切った。
ああ酷い!なんて酷い!
「ルルーシュ…」
スザクは身を捩らせ、何度も何度も俺の呼ぶ。優しげに、愛しげに、悲しげにもう何十回と俺の名前を呼んだ。怒りと悲しみと羞恥と、形容しがたい感情を渦巻かせ、沸騰してしまいそうな頭にその声は麻薬のように響いた。名前を呼ばれる度に腰は疼いた。それを気づかれないように躍起になってはいるが、スザクはとっくにそれに気づいているのだろう。スザクは、娼婦のようにはしたなくよがる俺の姿に興奮して、嬉しげに目を細める。
「―――ひぃっ、あっ、」
なんて酷い男なのだろう。
痛みと、襲ってくる吐き気と、どうしようもない感情に泣き出してしまう。しかしスザクは止めどなく溢れる涙を、ちろりと姿を見せた赤い舌でその雫を舐めあげた。スザクがどんな顔をしているのか、ぼやけた視界では判別できない。麻薬のように響くスザクの声が確かに鼓膜を叩く。下半身に確かに感じる存在をやり過ごそうと聴覚に神経だけを集中させると、スザクの声以外にみっともなく喘ぐ自分の声と、もっとはしたなくみっともない音が鼓膜を叩いて、三つの空気の波が俺の耳を犯し始める。
「―――あぁ……!」
殺してくれ。これ以上俺に裏切られてくれるな。友情を、ナナリーを、大切な七年前の思い出を、裏切らせるな。
「ルルーシュ、ルルーシュ、ルルーシュ、」
死んでしまいそうだ。
「ルルーシュ、ごめん。ごめんね、ルルーシュ。」
止めろ!と叫んだつもりが、空気を震わせたのは荒い息とはしたない嬌声だった。
「君が好きなんだ。ナナリーより、誰より、君が一番好きだ。」
これは裏切りである。酷い裏切りである。二人が培った友情への裏切りである。最愛の妹ナナリーへの裏切りである。七年前の輝かしい記憶への裏切りである。俺という親友への裏切りである。酷い、なんて酷い行為だろう。もう一番言おう、何度だって言おう、これから未来永劫に俺は俺を裏切り者と呼び続けるだろう。
裏切り者、裏切り者、この裏切り者!友達だと言っただろう、親友だと、言っただろう!ナナリーだ。ナナリーだけでいいと、ナナリーが幸せに笑ってくれさえすればそれでいいと、ナナリーを確かに幸せにすると、確かに誓ったはずだあの七年前の惨劇に誓ったはずだ!
ああなんて酷い男なのだろう。なんて馬鹿な男だろう。なんて薄情な男だろう。なんてなんてなんてなんてなんてなんてなんてなんて!!
「す、ざ………」
掠れた声がスザクにちゃんと拾いきれたかは知らない。スザクは頭上で二本纏めて押さえつけていた腕を緩めた。片手だけで体を難なく押さえつけられてしまったのを恥じる。緩められた拘束から腕を解放し、そのままスザクの背中に回す。背中にスザクの腕を感じながら、触れ合った全ての箇所からスザクの体温を感じた。
忘れるなルルーシュ。お前はこれから未来永劫裏切り者と罵られ続けるんだ。他でもないナナリーと自分自身に『裏切り者』と罵られ続けるんだ。これは裏切りである。酷い裏切りである。酷い、なんて酷い行為だろう。
「あいしてる」
「この裏切り者!」