同種を食べるとは一体どう言った行為なのだろう。自分とほぼ同じ構造をした体を食べるという行為は、どんな意味を持つのだろう。
 カマキリは交尾をした後、雌が相手の雄を食べてしまうという話を聞いたことがある。どこで聞いたかも分からない、いつの間にかスザクの脳の皺として刻まれていた知識だった。今更どうしてそんなことを思い出すのかというと、スザクはそれが持つ意味を理解したかったのだ。ただの栄養補給なのだろうか、それともまた違う意味を持つか。スザクはそれが知りたかった。
 スザクはルルーシュに恋愛感情を持って接したことは一度も無い。ルルーシュはスザクの知るどの女性よりも美しい存在であったけれど、ルルーシュは普遍的に男だった。スザクも男だった。ただそれだけだ。ルルーシュが女だったならと嘆いたこともないし、その華奢な体を組み敷いてしまいたいと思ったことも無い。
 そんな真っ当なスザクに反し、目の前で行われている行為は、ただの栄養補給どころかそれ自体が性行為に見えた。だとするとルルーシュを喰っている自分が雌か、と考えてスザクはそれを力一杯否定した。自分より二周りほど筋骨隆々な大男と及ぶことなら自分が雌だったとしても視覚にはまだ優しい。だが相手はルルーシュだというのに、絶対に雌はルルーシュだ。だってそれの方が視覚に優しいに決まっている。身長は辛うじてルルーシュに勝ちを譲ってはいるが、ルルーシュはスザクの何倍も細くて、軽くて、下手したらそこらの女と比べてしまうとよっぽどルルーシュの方が細いんじゃないだろうか。色白で、髪の毛も細い。第一ルルーシュはスザクよりずっと女らしい顔をしている。スザクは童顔なだけで男の顔をしている。ルルーシュはどうだ。まるで性別という壁を超越してしまったかのような美しい顔をしているじゃあないか。男女の隔てを無くして、スザクが選ぶ最も美しい人は間違いなくルルーシュだと言えるだろう。それほどルルーシュは美しく輝かしい存在だった。だからこそスザクは目の前で行われているその行為の意味が知りたかった。
 それは捕食ではなく最早性行為にしか見えなかった。だってルルーシュがあんなにもはしたなくも喘いでいる。だらしなく半開きになった口元からは涎が垂らされ、爛々と輝くロイヤルパープルの瞳は明らかに情欲で濁っていた。
 カマキリは性行為の後に雌が雄を食ってしまう。なら人間はどうなのだろうとスザクは知りたかった。それはどんな意味合いを持つのだろうとスザクは興味津々になっていた。ルルーシュの服は肌蹴ているどころか、制服も中のシャツも全開になっていて、ルルーシュの白い肌が丸見えだった。その白い肌には恐らくスザクが噛み付いた、疎らに赤い歯形が付いていた。ズボンにいたっては穿いてもいない。シャツがルルーシュの太腿まで隠して下着を穿いているかは判別できなかったが、もしかすると本当にセックスの後なのかもしれないとスザクは思った。一方ルルーシュに比べると、スザクの服はきっちりと着込まれ、アッシュフォード学園の制服は襟元まできっちりと止められている。事後と言うよりもスザクにはそれはもう、喰ってしまうという行為自体が性行為に思えた。恐らく(いや絶対)、雄のスザクが雌のルルーシュを喰らっていた。気持ちいいものなのだろうか、とスザク首を傾げた。
 スザクは床に寝そべるルルーシュの足元に這い蹲り、足を恭しく持ち上げ夢中になって白い脛に齧り付いている。ルルーシュの肌はブリタニア人でも特に白いとスザクは知っていたが、今は白い肌もスザクが齧り付いているせいで血で真っ赤だ。ぴちゃぴちゃと音を立ててスザクがその血を舐めとっても、既に脛から白骨まで見えている状態では次から次へと血が溢れていてちっとも終わりが見えない。スザクの顔は血化粧で染まっていた。アッシュフォード学園の制服は黒なので目立つことはないが、それでもスザクが着ているその服が血でどろどろになっているのは見て取れた。
 いつも死と隣り合わせにあるスザクにだって、それが異常なことは分かっている。ただスザクは、これが夢だと言うことを重々理解していたので、特に慌てもせずそのグロテスクな様を見ていた。スザクが、快楽に溺れながら喰われているルルーシュと間違いなく血達磨になりながらルルーシュを貪り食っているスザク自身を見ていたので、これは夢だった。そう思うスザクは間違いなくスザクだ。ただその性行為に思えるような共食いを行っている人間たちが正しくルルーシュとスザクであるかはスザクには理解できない。これは夢なのだから。第一その二人が共食いをしている場所はどことも言えないただ真っ白いだけの空間で、その空間にルルーシュとスザクが転がっているだけでほかには何にもない。ここがよく見知ったルルーシュの住まうクラブハウスだったならこれはルルーシュとスザクなのだろうと、二人を観察しているスザクも不可解なこの状況を静かに納得するだけなのだろう。けれど見知ったどころかこの世の何処にもありはしない空間では現実感も同様にありえなかった。(もしここがクラブハウスだったならこれからスザクはそこに足を踏み入れるのを確実に躊躇するだろうからこれはこれで有難かったかもしれない。)空間的に捕らえるものはとことんリアルとは真逆を貫くのに、その平面的な世界に浮かぶルルーシュとスザクはまるで本物で、そのアンバランスさがスザクの目に焼き付いた。
 ルルーシュを喰っているスザクは、ゆっくりと時間をかけてルルーシュの足から溢れる血を舐め上げ、時々その足に噛り付いてはルルーシュの肉を千切りとっていた。千切り取った肉は、血まみれで肉だとは思えなかった。肉を食べているよりも血の塊を飲み込んでいる気がして、視覚に一層の歪さを生じた。そのときやっと気づいたのだけど、やはりルルーシュを喰っているスザクもスザクなのだ。同じスザクなのだから、感覚も視界も共有して、二人を見ているスザクの視界にルルーシュを喰っているスザクの視界が重なる。恐らく向こうのスザクも同じようになっているだろうが、ルルーシュを喰らっているスザクはそれに夢中になってこっちを見ようともしない。
 「あぅ、あ・・・・はぁっ・・・」
 ルルーシュは身を捩じらせ、喘いでいた。やはりこれは夢なのだ。スザクは思った。意識があるまま喰われるなんて、「痛い」の一言ですむはずがない。悲鳴を上げ激痛にもがき苦しんで、そのおぞましさに戦慄し自分を捕食する存在から逃れようと滅茶苦茶に暴れるに違いない。ルルーシュはそれをしない。それどころか頬を赤らめて熱い吐息を漏らし、鼻に掛かった愛らしい声を上げている。目に薄らと浮かぶ涙、振り乱された黒壇の髪、スザクは余計にセックスを髣髴させた。二人のスザクは五感を共有しているからこそだが、ルルーシュを喰らうスザクもまたそんなルルーシュに『喰う』という欲望の外で、ルルーシュに欲情していた。ルルーシュに欲情すればするほど、血の一滴でも漏らさないように既にルルーシュの血でいっぱいになっている舌を這わせた。夢というのはそれは都合のいいもので、平常なら吐き気がするような量の血を平気で喉に滑らせる。あまつさえそれは甘露のような甘みを持ってスザクの味覚を喜ばせた。ルルーシュの肉はその甘さを持ちながらそれに勝る果実だった。その感覚はとてもじゃないが人を喰っているものだとは思えなかった。
 スザクはルルーシュを喰っているのだ。人ではない。スザクが喰っているのはルルーシュだ。
 スザクに喰われてしまったルルーシュは、スザクの胃の中でどろどろに溶けて、液体と栄養分となってスザクの体に取り込まれるのだろうか。ルルーシュはスザクの血管を行き渡り、足の指から頭の天辺髪の毛の先までルルーシュはスザクの一部となり、スザクという生物そのものとなって生死を共にするのだろうか。もしそうなら、ずぅーっとずぅーっとルルーシュとスザクは一緒だ。生きるのも死ぬのも傷つくのもルルーシュと一緒だ。それはスザクの胸をほんわりと暖かくさせるものだった。スザクはルルーシュを喰らい続けるスザクを応援した。頑張れ、食べ終われば、ルルーシュは俺のものだ。スザクが誰かと恋愛して結婚してもルルーシュは誰かと恋愛して結婚することはないし、スザクの目の届かないところで勝手にくたばったりしない。スザクの体の一部になっても、体を動かしてあるのはスザクなのだからルルーシュはスザクに逆らうことはないし、スザクを裏切ったり卑下したり、そんなことはもうなくなるのだ。そうだ喰ってしまえ、とスザクは叫んだ。ルルーシュを喰らってしまえば、それは俺のものだぞ!
 すると今までずっとスザクを無視していたスザクがスザクを見た。その目が応援するスザクを間違いなく侮辱し軽蔑するものだったので、無意識にスザクは息を詰めた。





 それは思ったとおり夢だった。
 スザクはいつもどおりの時間に目が覚めて、いつもどおりにむくりと体を起き上がらせた。いつもと違って頭はまるですっきりしない。スザクは掛け布団の中をのぞいた。
「……勃ってる」

悪食カニバリズム