遺書なんて書いたって、受け取る人なんて誰もいないし、遺言を遺したい相手なんて全く思い付きませんでした。けど、君には話したいことがあったので、僕の遺書は君に宛てて書きたいと思います。これは君の元に届くはずないし、例え届いたとしても僕からの手紙なんて、ましてや遺書なんて君の迷惑になると思ったけれど、それでも僕の言葉や思いを一番に預けたいと思ったのは君たち兄妹でした。多分この遺書は検閲されるから、君の名前を出すことも出来ない。君に話したかったことをここに書くことも出来ないけれど、僕の遺書は君に遺したいです。
軍に入ることは、ブリタニアを憎んでいる君への裏切りかとも思いました。でも、日本を取り返すつもりでいるレジスタンスは君にとってはただのテロリストだろうから、それから君たちの身を守れるのなら僕はそうしたいと思いました。軍人になったら、テロリストと戦うようなことだってもちろんあると思います。多分危ない目にあうこともあります。でも僕が危ない目にあって君たちが危ない目にあうことを少しでも防げるなら僕はそれでいいと思いました。勝手な考えかもしれません。特に君は優しいのでとても怒るでしょう。でも僕に出来ることが、君のためになることならそれを少しでもしたいと僕は思っています。僕は君にとてもひどいことをしました。僕はうそつきです。
君に話さなきゃいけないことがあるのに、僕はまだ自分が仕出かしたとんでもないことを話していません。それを君に伝えられなかったことを今は酷く後悔しています。君が僕に言った言葉は、間違っています。それはやっちゃいけないことです。僕はそれも君に教えてあげられませんでした。間違いを身をもって証明してしまった僕なので、間違いないです。多分あのとき君にそれを教えてあげられなかったのは、僕が間違いをしてしまったことを君に知られるのが怖かったからだと僕は思います。多分そう思います。
もう二度と会えないことは十分分かってます。そもそも会わないほうが君にとっては都合いいでしょう。分かってます。知ってます。でも僕は君に会いたいです。会って話したいです。僕は僕のしたことを君に話さなきゃいけません。君のやろうとしていることを止めなきゃいけません。それは間違っています。
ともかく、君に会いたいです。寂しいです。でも君との約束は守ります。どんなに寂しくても守ります。君たちの傍で守ることはもう出来ませんが、何があっても僕は君を守って見せます。
まず初めに、君の名前が書き記せないことを謝ります。ごめんなさい。次に、僕は謝らないといけません。ごめんなさい、嘘をつきました。僕は確かに技術部に所属していたけど、ただの整備士じゃなく、KMFのパイロットでした。本当にごめんなさい。君たちが心配すると思ったから本当のことを言えなかったけれど、どうか許してください。君たちと再会できたこと、とてもうれしかったです。もう二度と会えないと思っていたから、君と再会したときはまるで夢でも見ているのかと思って心臓がとまるかと思いました。学校に行けば君に会えるのかと思うと、それだけで自分が今まで生き残ったことを祝福したい気持ちになりました。本当に幸せで、それは夢のようで、本当に夢だったら怖いからほっぺをつねることも出来ませんでした。夢か本当かは、この手紙で判断してください。僕には判断できない状態になったので、僕は君たちに再会できたことを本当と思っています。出来れば学園の皆にも、ごめんなさいと謝っておいてください。名誉ブリタニア人の僕を受け入れてくれたこと、とても感謝しています。その皆にも嘘をついていたこと、申し訳ないと思っています。
君たちは無事でしょうか。もし無事なら心残りは、やっぱり君たちのことを守りきれなかったことです。もし無事でないなら、考えるのもいやだけれど、僕のことをどうぞ快く迎え入れてください。テロリストや黒の騎士団は、君たちに危害を加えようとしたでしょうか。正義の味方だなんて聞こえがいいように名乗ってはいるけど、彼らのやっていることは所詮独りよがりな独善的行為です。特に君には理解して欲しいです。関わろうなんて思わないで下さい。ゼロは民衆に英雄のように思われているけど、彼はそんな男ではありません。目的のためなら手段も選ばない、何百人と言う民間人の死者が出ても仕方ないと思っているような男です。君は嘘みたいに頭がいいからあまり心配はしていません。その頭を最大限に使ってどうか生き延びてください。でも本当に心配なのは、君は本当に心の底からブリタニアを憎んでいるように思えてしまうので、どうか彼の口車にだけは乗らないでください。ゼロの安っぽい言葉を信用しちゃいけない。あれは嘘です。嘘っぱちです。本当のことなんて一つだって話していないです。あれは、君みたいにブリタニアを憎んでいる人に協力させるための戯言です。正義のヒーローなんていません。賢い君はとっくに知っているだろうけど、君はどこか抜けたところがあるのでとても心配です。小さいころ見ていた特撮もので君はいつもヒーローよりもそれにぼこぼこにされている怪人に夢中だったのを僕は覚えています。勧善懲悪なんてくだらないと鼻で笑っていたのも覚えています。そしてそれを意気揚々と掲げるそのヒーローたちを密かに嫌っていたのも、僕は知っていました。そんな君が勧善懲悪を謳うゼロに夢中になるとは思えませんが、やっぱり心配です。もしかすると、僕が死んだ理由はゼロかもしれません。だから信じるなというわけではないけど、できるならどうか君たちは、テロリストやゼロなんかから一番遠い場所で平穏に暮らしてください。君たちがそう暮らせるように、僕なりに努力を続けてきたつもりです。努力は報われたかは分かりません。これを書いている間も、それは気の遠くなるようなことと分かっているつもりです。日本がエリア11のままでも尊重されるようになるかは想像も出来ません。それでも僕は諦めたくありませんでした。そうすることが僕の義務であり、贖罪でもあるのです。僕は、僕が君に隠していることを打明けられたとは思えません。僕はきっと世界で一番の臆病者なので、君と再会したとき、話さなければいけないことを考えるのもしませんでした。話さなければいけないと思いながら、まだ、まだ、といって一向に話す気も起こりませんでした。僕は卑怯者の臆病者の嘘吐きです。そんな僕を、友達と言ってくれた君を、僕は一生尊敬し続けます。感謝し続けます。君が僕の友達でいてくれたことを僕は嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。でもそう思うたびに、君に嘘をついて隠し事をして、密かに裏切っているのだと思うと胸が裂けるほど苦しくなります。ごめんなさい。ありがとうと言いたいのに、ここに書けるのは謝罪ばかりでやっぱり悲しくなります。どうせ届かないのだから、とも思うのだけど、君宛に書くのだと思うとどうしても適当になんて書けません。ごめんなさい。もう四回も謝りました。こんな謝罪ばかりの遺書、辛気臭いね。ごめんなさい。五回目だ。遺書なんだから、辛気臭いのは当たり前です。今気づきました。
僕はKMFのパイロットになったので、もしかするとこの遺書が検閲を受けることはないかもしれません。それでも用心のため君たちの名前を書くこととは控えています。もし万が一君の元にこの手紙が届いたのなら、どうか卑怯者の僕を責めてください。臆病者で卑怯者の僕をどうか許さないで下さい。
追記 もしこの遺書に心当たりの無い人に届いてしまったなら、迷わずこれは捨ててしまってください。ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。
君は世界一の卑怯者だ。僕が遺書を残したい人は君に奪われて、君の妹に残そうとも思ったけど、彼女から君を奪った僕が彼女に遺言を残すなんてそれこそ最低なことだ。第一なんて書けというんだ。君の居場所も、君がゼロだということも、ギアスのことも、何一つ教えてはいけないのに。遺言まで、隠し事をして嘘をつくなんて僕には耐えられない。結局僕の遺書を受け取る人は君しかいない。卑怯にも程がある。僕の大切な人を殺して、僕を裏切って、僕を騙してずっと嘘をついていた君にどうして遺書を残さないといけないのか。例によってこの遺書も宛名を書いていない。君宛に書いていると思うとそれだけで吐き気がしそうだ。
馬鹿みたいだ。もしかすると僕を殺したのは君かもしれない。僕は自分を殺した張本人に遺書を残してるのかと思うと、胸がムカムカして仕方ない。それに以上にもしかすると、君は既に僕の手で殺されているかもしれない。死人に遺書を残していると思うと、今度は笑いがこみ上げて仕方ない。たとえ君にこの遺書が届いていても、君の記憶が戻っていなければ僕の遺書は理解できないただの紙屑に成り下がる。君はこれ以上ない卑怯者だ。これが届かなければ、僕の遺書は誰にも届かない。僕の遺言は誰の記憶にも残らないで消えていくんだ。君以外の誰かに届いても、これはただの紙屑だ。君の記憶がなければこの遺書の意味も知らないでのうのうと生きていくんだろ。記憶が戻っていたときなんかもっと最悪だ。君は僕の死を喜んでいるに違いない。この遺書を読みながらにやにや笑って、僕を馬鹿にしているんだろう。邪魔者が消えて清々したかい?殺した張本人に遺書を残すなんて馬鹿にも程があると、僕が死んでまで嘲るんだろう。どうあっても僕の遺書を受け取るのは君しかいない。僕が遺書を残すのも、残せる相手も君しかいない。ふざけるなよ卑怯者。こんな奴に感謝をして、尊敬していたなんて、ましてやこんな奴が安全に生きるために僕は必死になってたたかっていたのかと思うと涙がでそうだ。怒りと憎しみで頭が焼ききれそうだ。どうしてあの時お前を殺しておかなかったのか自分が疑問に思えて仕方ない。自分のことさえ信用できなくするなんてお前は本当に最悪だ。こんな奴を友達だと思っていたのだと思うと、気が狂いそうになる。
僕が君に許される復讐が、君がこのまま生きていくことだなんて信じられるか?今までの君を全部掻き消して、別人として生かしておくことが復讐なんて、どう考えても間違っている。これじゃあ釣り合わない。君の仕出かしたことに払う対価が、ぜんぜん足りてないじゃないか。僕は大切な守るべき人を失って、君の妹に嘘までついて、殺してしまいたいほど憎んでいる君の観察報告を確認していなきゃならないのに。学園生活は楽しそうだね。ダンスマラソンでは、ダントツの最下位だったそうだね。転んで、膝を怪我したと報告観察で読ませてもらった。それから君の本当の妹の誕生日にプレゼントを贈ったそうじゃないか。偽者の弟に。ハートマークのロケットを。滑稽を通り越して虚しくなったよ。君の妹はその日、誰にもおめでとうと祝ってもらえなかった。僕が君の妹に会えたのは誕生日から二週間後だ。君が腕に縒りを掛けた手料理は勿論、何日も何時間も頭を悩ませて贈られたプレゼントもなかった。君が別人になっているのは君の罰なのに、どうして傷つくのが君じゃなく僕や君の妹なんだ。可笑しいじゃないか。こんなの間違ってる。何で君はのうのうと笑って生きていられるんだ。僕はその罰を恐ろしさを分かっているつもりだった。でもやっぱり駄目だ。可笑しい。こんなのは間違っている。これは君の罰のはずだ。どうして
「――悪趣味だ。人の遺書を読むなんて」
不機嫌な低い声を聞いて、ルルーシュは突然現れたスザクに向かって笑いかけた。
「どうせ俺宛だろう?」
スザクはばつのわるそうに顔を顰める。
「それは関係ないだろう」
「ないはずない。お前が俺に書いた遺書なんだ。俺が読むのは当たり前だ」
それよりも、よく遺書なんて残っていたな。ルルーシュは心の底から感心した。アヴァロンに設けられていたスザクの部屋にあった所持品を整理していたときに、偶然見つかったものだった。ルルーシュは何のたくらみもなしに読み始め、それが遺書だと気づくのに時間は掛からなかったが、ルルーシュはそれを読む自分をどうしても止められなかった。
「――悪いとは思っているんだ。しかし、この不自然にとまった遺書は何だ?」
「どうせ届かないと思って放り投げた」
「お前らしい。続きがあるなら聞かせろよ」
「聞かすほどのこともないよ」
ルルーシュは黙り込んで、やがて「そうか」と静かに答えた。スザクはそんなルルーシュを見詰め、独り言のように呟いた。
「君が僕の遺書を読んだ代わりに、僕は君の遺言を聞いてあげるよ」
聞こえないように言ったはずが、静寂な部屋には思いのほか大きく響き、スザクの独り言のような言葉は空気を伝ってルルーシュまで届いた。その言葉を聞いたルルーシュは、意表を突かれたように目を見開いた。そのうち、ふと溜息にも思えるような息を溢し、顔を綻ばせた。
「・・・死人に遺す言葉なんて無いさ」
かち、こち、と時計の秒針だけが無音の部屋に大きく響いた。
死刑執行の朝