年月は人を変えると言うけれど、長すぎる年月は寧ろ人の変化を抑制するのではないかと僕は考えるのです。
「ねえ、ルルーシュ。許してよ。」
「許さん!」
枢木スザク、18歳と四捨五入して千歳の夏。
「そんなに怒らなくてもさ、どうせまたすぐに引っ越す予定だったんだから。」
「誰のせいで追い出されると思っているんだ!?」
「そりゃ、僕のせいだけど。」
ぷりぷりと怒っているルルーシュを尻目に、僕ははぁと小さな溜め息を吐いた。
「ねえ、悪かったって、」
「お前はそう言って、いつも口先だけだ。前の賃貸でも、お前のせいで追い出されたんだぞ。」
あと五年は住むつもりだったのに!ルルーシュは悪態をつきながらノートパソコンのマウスをクリックした。新しい借家を探しているのだ。
「野良猫に餌をやるのは駄目だと何回言えば直る。」
「だって、猫は可愛いじゃないか。」
「それで何回追い出されたと思っているんだ!」
僕に向けていた背を、思い切り捻ってルルーシュは僕を怒鳴りつける。彼が怒る理由も尤もなので、大人しく怒声を受け入れる。
「これだけ条件のいい物件を探すのにどれだけ苦労すると思っている!」
「僕も手伝うよ。」
「お前が探すとロクなことにならないだろう!」
「大丈夫だよ。今度は殺人事件が起きてないかちゃんと調べるから。」
「そういって次にもってきた物件には、襖の裏に札がびっしり張ってあったのを忘れたのか。」
ぎゃあぎゃあとルルーシュは騒ぎ立て、薄い眼鏡レンズ越しに僕を睨みつけた。その顔も素晴らしく綺麗なもので、僕はなんだか果報ものだなあとルルーシュの怒りと見当違いなことを考えた。図らずも頬が緩み出すのをルルーシュが見過ごすはずもなく、ルルーシュは大きな音をたて椅子から立ち上がり緩みきった僕のほっぺたを抓りあげた。
「まったく、お前は、人の話を聞いているのか!?」
「いひゃい、いひゃいよ。ふふーしゅ。」
「誰がふふーしゅだ!」
目をつり上げ、ルルーシュは怒りに声を上げる。幼いともいえる行動や表情は彼の心と体が両方揃っていた頃からなんら変わらない。もう千歳も生きてるのにねと僕は少し可笑しく思った。千年も共に生きているのに、こうして熱りだった顔を可愛いらしいと思ってしまう僕や幼い喧嘩を続ける僕らはきっととっても変わっている。千年も続いた恋人なんて聞いたこともないから分からないけれど、姿が時を止めたように、心すら本当の僕らの寿命が死んでしまったときに止まってしまったのかもしれない。ルルーシュはひ弱なりに力一杯僕のほっぺを引っ張る。ちゃんとした発音で言葉を発することができないままでルルーシュの名前をもう一度呼ぶと、ほっぺを抓る力が少し緩んだ。
「ルルーシュ、」
殊の外低めの声でルルーシュを呼び、力が緩められた手に自分の手を重ねる。思い浮かぶ真摯な表情、それから真っ直ぐな視線でルルーシュの瞳を見つめれば、眼鏡越しに見えるロイヤルパープルは動揺に揺らめいて、じわじわと頬から赤く染まる。その様子にやっぱり、僕らの体が時を歩むのを諦めたのと一緒に心も変化するのをやめたのかもしれないとまた一つ確信していく。千年もたつのに、ルルーシュは少しも変わらない。見た目はもちろんのことなのだけど、頑な箇所や並外れた禁欲的な姿勢なんてもう笑ってしまうほどだった。いつまで経っても初心なところも、その姿勢がもたらすものなのかも知れない。脳裏に浮かぶ映像に耐え切れず、真摯な顔になるように力を入れていたほっぺはだらしなく弛緩した。愛しい愛しいその姿に弛みきったほっぺの様子を音で表すなら、デレッ、ほわわーん。僕らが生きていた頃では許されないような、心穏やかで満たされた気持ちだった。僕らは本当に心から好き合っていたのに随分と色々なものを逃してきてしまったと心のどこかで泣き言を漏らす自分がいる。それでも目の前で赤面するルルーシュや、僕の手の中にある間違いなくルルーシュの体温を持ったルルーシュの手の存在を感じると、どこかで泣き言を漏らしていた僕でさえ、頬をゆるめて笑う。
「君は本当に、可愛いなあ。」
ルルーシュの顔は赤くなりながらもまたきっ、ときつく目が尖らせる。すぐさま僕のほっぺにはさっきの痛みが再び舞い戻った。
「俺を丸め込む暇があるなら早く借家を探せ!」
年月は人を変えると言うけれど、僕らの間では残念ながらもその理屈は通用しないのです。何故なら僕らの心はお互いを一番に据えたまま固まってしまったからです。この世で一番厚くて堅い氷に覆われた僕らの時間は動くことを知らず、そうしたままもう千年の時が過ぎようとしています。二人で時を進める喜びを知らないまま、僕らは手と手をとりあい生きてゆくでしょう。それが僕らの義務であります。そうして僕らは尋常な幸せの喜びを未来永劫知る権利を剥奪され、不健全で偏執的な幸せの喜びを上から上へと留まること知らず積み重ねていくのです。
「ねえ、ルーシュ。許してよ。」
「許さん!」
枢木スザク、18歳から四捨五入して千歳足す18年目、逃しに逃した青春は、四捨五入して千年ほど前から終わる目処が立ちません。