「運命だ。」
頬を染めたジノが熱のこもった吐息をもらした。
「彼女は私の運命の人だ。私と彼女は結ばれる運命にあるんだ。」
ほぅ、と嘆息しつつ行儀悪く目の前の食事をフォークで突っついた。いつもなら活発に輝く力強い瞳は、質の悪い熱に浮かされ夢見心地にとろけて空中に溶け出して彼の斜め上辺りを彷徨っている。
「彼女と目があった瞬間、落雷があったんだ。視界が真っ白になってその中に彼女だけが立っていて、まるで爆撃を受けたようにその場に倒れてしまうかと思った。なんとか持ちこたえたけれど、手足の指の先から心臓にいたるまで落雷でぶるぶる震えてしまった。頭がくらくらして、彼女以外が見えなくなったんだ。足が震えたよ。喉もこれ以上ないくらい乾いた。でも彼女を見つめるとそれが潤うんだ。足の震えもいくらか治まる。でもまたそれ以上の震えと乾きでいっぱいになってしまうんだ。それを何とかしたくて彼女をまた見つめるだろう?でもまた喉も乾いて足も震えるんだ。彼女にも同じ現象が起こったはずだ。何故なら私たちは運命の赤い糸で繋がれているだから。私たちは世界が終わるまで見つめ合うつもりだったんだが、生憎アーニャに邪魔されてしまったがね。私たちは喉がからからに乾いてとても話せる状態ではなかったから、私は彼女と視線で会話した。私は迷わず『愛している』と言った。彼女もそう言った。私は確かに彼女の熱い視線がそう叫んでいるのを聞いたよ。二人の間に言葉は必要ないんだ。見つめ合うだけでお互いの思いが読み取れる。何故なら私と彼女は運命だからだ。魂の奥底で繋がっているんだ。二人の出会いは必然だった。今日この日に出会うことが二人の生まれる前から決まっていたに違いない。会った瞬間に理解した。私と彼女は二人揃って完璧な存在となるんだ。今までの彼女という運命的な存在が欠け落ちていた私は私じゃない。今日こそ本当のジノ・ヴァインベルグの誕生だ。スザク、今日という運命的に祝福されるべき日を祝ってくれてもかまわない。むしろ心から祝ってくれたまえ。今日という日は全人類で祝うべきだ。」
「あーそう、それは美味しそうだね。」
「スザク!」
どうやらとろけて彷徨っているのは視覚だけではないらしい。ジノはほんのりと赤く染めた頬で非難めいた悲鳴をあげる。僕は食事の片手間に次の会議の書類を読んでいて、彼にはそれが見えてないのだろうか。もしくはふやけきった脳ではそれすらも感知できないのか。学園祭以来満足に足を運べていない僕にとっては煩わしい以外に何も感じない。自然と眉間に皺が寄るが、ジノが気づくことはないのだろう。
「そんなに気になるなら、デートの約束でも漕ぎ着けたんだろう?」
非難されるのも苛立つものだし、ジノが解放しつくれる気配がまるっきりないので、適度にあしらってみる。会って三分でデートして、会ったその日にホテルに連れこむこの男のことだ。どうせその女と何かしらの行動はとっているのだろう。
「いいやまだなんだ。」
ん?
予想外の言葉に片眉をあげる。僕が訝しげにしているのに気付いたジノはそのまま言葉を続けた。
「だって断られるかもしれないじゃないか。」
「運命なんだろ?」
「それは当然だ!しかし彼女にも都合はあるだろうし、もしかすると私と彼女の運命的な愛に嫉妬して、先回りして彼女にその日に用事を無理矢理に作らせている輩がいるかもしれない。」
「普段は人の都合なんてお構いなしのくせに、」
今まさに。
「だってお前は友達だろう。」
嫌みを込めた言葉も効き目がないのかそもそも気付いていないのか。ジノはまた非難めいた悲鳴を溜め息混じりに吐き出した。
「名前も知らない女性をデートに誘うなんて失礼じゃないか。」
「じゃあ一週間ほど前君が部屋に連れ込んでいた女の人の名前は?」
「さあ忘れてしまったな。」
今は彼女以外の女性の名前なんて考えたくもないんだ。きゃっ、とジノは恥じらいの声を上げてまた赤くなった頬を覆った。軽蔑と苛立ちが押し寄せてくる。耐え切れず舌打ちを溢してもジノはそれにすら気づかない。嫌悪感に頬が引きつり出す。上下真逆に加速していく機嫌の差に気づくことなくジノはまだ夢見心地に視線を空中に浮き立たせている。一欠けらさえ口に運ばれず、さっきからジノのフォークで攻撃を繰り返されている夕食は穴だらけになってしまっている。食べないのかと聞きたいところだけれど、ここでそれを聞いたって帰ってくる返事は「胸がいっぱいで・・・・」ぐらいの、しこたま僕の不機嫌を煽るものにちがいない。想像してイラっという幻聴が頭に響く。
「あっ!」
ジノは急に何かに気づいたらしく、今までだらしない顔を一掃してパッと顔を輝かせる。その気づいたことも僕にしてみれば不愉快極まりないことに違いない。聞こえない、気づかない振りも今のジノには関係ないものらしく片手の書類を取り上げてまで視線を自分の方へ引っ張る。
「スザク!お前なら彼女の名前を知っているだろう!」
同じ学校なんだから!とジノは眼をきらめかせて叫ぶ。僕は冷めた目で至近距離に迫るジノを見返した。あぁ、と頭の中で納得すると、どうやらジノはこの間乱入したアッシュフォードの学園祭で意中の人を見かけたらしい。
「どうだろう、前に通っていた頃とは人も変わってしまったし。」
「いいやそんなはずはない!私は彼女とお前が話しているところを見たぞ!」
はぁ、と当日のことを思い返す。ラウンズといったって僕はイレブンだ。表立って話しかけにくる子は少なかったし、輪をなして僕に詰め寄ってきた子らにジノが興味を示すとは思えない。僕におそらくジノがいう彼女とは生徒会の誰かなのだろう。
「さあ彼女の名前を早く教えるんだ!」
「そうは言っても僕は君の運命の人なんて知らないし、」
「それもそうだ!」
いちいち豪快に声を荒げられてはうんざりだ。ジノは身を引き椅子から立ち上がり、どこぞの舞台役者のように手を振りかざす。その顔はまだ夢見心地で、僕に言わせてみればジノは今まさに夢を見ている最中だ。そりゃあ幸せなことだ。裏切られて夢から覚めて、地獄にでも何でも落ちればいい。死ね。
「色白で、さらっとした艶やかな髪で・・・・」
シャーリーと会長、どっちのことかなぁと考えながら、ジノの恋路に加担する気などまったくない。僕がこうしてナナリーの補佐官に苦しんでいるというのに、手助けどころか邪魔をしかける男になど何故相手にしなきゃいけない。それがこの男の気まぐれに起こした恋心になど時間掛けたら自分の老化が加速しそうな気がしてならない。自分は青春を返上しているのだ。他人の青春に手を貸してやる義理などない。
「長身で、足がすらっと長くて、」
会長か。婚約者がいることぐらいは教えてやっても良いかもしれない。略奪愛ぐらいはやってのけそうだが、どうせ相手はロイドさんだ。双方痛くも痒くもないだろう。
「そしてなんと言ったって、あの眼差し!」
ん?
「力強くて、そう、まるでなにかの魔法石のように輝くあの瞳だ!」
ん?
「宝石と見まがうような高貴な紫色をした―――――――、どうしたスザク。」
「・・・・・・・!」
なんということだ!地獄に落ちろとはいったけど本当の悪魔に引っかかってしまうとは!馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれどもここまで馬鹿だったとは!
吐き気がするほど胸に溢れかえっていたやっかみや苛立ちは露と消える。止まってしまった呼吸を取り戻すために一度長い深呼吸をする。可能な限りの冷静さを持ってジノの釈然としないといった顔を見詰め返す。
「ジノ、悪いことは言わない。あれは諦めろ。」
「なんだなんだスザク。私と彼女の仲を邪魔するのはお前か?」
「邪魔?冗談じゃない。第一あれは男だ。」
はぁ!?とジノが呆れと驚きを混ぜ合わせたような悲鳴を上げた。
「あんなに綺麗な子が男なはずないだろう!」
なんということだ!ジノはもう骨抜きだ!顔を覆いつくしてしまいたいほどの嘆きにとらわれる。僕に続く哀れな被害者がここにまた一人。なんとかしてそれを救おうと僕は必死で声を荒げ、握り拳で机を叩いた。
「あんなに綺麗な生き物が人間なはずないだろう!」