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レッドさんが死ぬ夢を見た。俺はそれを夢と分かっていて、特に何を思うでもなくそれを見ていた。目覚めた俺は得体の知れない不安に襲われてシロガネ山を登ることにした。呆気なく登り切った山頂には氷漬けのレッドさんがいた。凍死しているわけでもなく、氷の中に、いつものように仁王立ちで閉じ込められていた。レッドさん以外に先客がいた。訪れるものが極端に限られているだろうこの場所、おそらく一番訪問回数が多いはずのグリーンさんだった。俺はレッドさんの氷漬けに口をぽかんとあけて驚いていた。グリーンさんは、人の顔の大きさぐらいのハンマーを思い切り振りかぶって、レッドさんが閉じ込められている氷塊を叩き割った。俺は、あ、と声を上げた。ハンマーは鏡を割るみたいに、レッドさんごと氷塊を砕いた。愕然とした俺は膝から崩れ落ちた。そして頭の片隅で考える。こりゃ夢だ。案の定俺はベッドの中で溜息を吐いた。自分の精神状態とレッドさんへの感情を疑わずにいられないながら、俺はベッドの中から這い出て、お母さんが用意してくれた余所行きの服に着替えた。帽子は机の上に置いたままで、コトネちゃんと一緒にマサラタウンまで行った。その日は結婚式で、白無垢を着たグリーンさんとウェディングドレスを着たレッドさんが並んでヴァージンロードを歩いていた。俺は二人を祝福していたのだが、不意に我に返り「ねぇよ」と自分に言い聞かせた。自分の声が、存外冷たいことに驚いて俺は目を覚ました。
一刻も早く夢の世界から抜け出したくて、俺は泊めてもらっていたグリーンさんにお礼も言わず、トキワシティから飛び出した。セキエイリーグまで走り抜けて、リーグの受付で何かを書き込んでいたシルバーを捕まえた。 「これは夢じゃないよな?」 必死な顔の俺にシルバーは怯んでいたが、俺の言葉を聞くと呆れて、強く掴まれていた腕を振り払った。 「……はぁ?寝惚けてんのか?」 思いっきり眉を顰めて、書類と向き直る。受付のお姉さんは苦笑いだ。急に恥ずかしくなり、俺は俯く。シルバーが舌打ちをした。俺は早鐘のような心臓に酸素をゆっくり送り込みながら、「夢でよかった……」と呟く。シルバーに蹴られた。 成り行きで昼食を一緒にすることにした、レストランや食堂で向かい合って食べるのは気まずくなりそうだったので、ファストフードを買って、ベンチで並んで食べた。セキエイの周りは、中の荘厳な空気とは打って変わって長閑だ。さまざまな種類の花が風に流されていた。バタフリーが飛んできて、花の蜜を吸う。 卵サンドを頬張りながら、俺は夢の話をした。シルバーはこれでもかと言うほどに顔を顰めて、「どこからどこまでが夢なんだよ」と突っ込みなのか、感想なのか、どっちでも取れるような答え方をした。 「俺としては、今も夢だと嬉しいんだけど」 「残念だが夢じゃないからな」 シルバーはミックスサンドを食べきって、コーヒーで飲み流した。こいつはこの年でコーヒーを飲むのか、俺は関係のないことで感心していた。 「うん、そうみたいだ」 「てゆうかなんでジムリーダーのとこに泊まってんだよ。ポケモンセンターは」 「トレーナーハウスに入り浸りすぎて受付すんの忘れちゃったんだ。そしたらグリーンさんがジムの仮眠室貸してくれるって」 「……」 「別に、特別中が良いわけじゃないんだけどさ、あの人結構世話焼きだから」 じゃないとレッドさんと仲良くなんてやってられないだろうな。俺はレッドさんのことを嬉しそうに話すグリーンさんを思い出した。夕食のおかずについて、好き嫌いを話すのも、自分のことよりレッドさんのことを話していた。幼馴染と言っていた、人から見たら、自分とコトネちゃんもあんな風にみられているのだろうか。シルバーは俺が他のトレーナーと仲良くするのを嫌がる。ライバルとして、独占欲のようなものを覚えるのかもしれない。シルバーが俺以外のトレーナーと仲良くしているのを想像すると、やっぱり面白い気はしない。似たような独占欲は、俺にもあるらしかった。レッドさんとグリーンさんの間にもあるのだろう。 「あの人、レッドさんのこと好きすぎるよなぁ」 「……」 シルバーは黙ってコーヒーを飲んでいた。カップ型のコーヒーには、ノンシュガーと書かれている。砂糖なし。俺は苦すぎて飲めない。 「それ美味しい?」 「……もう飲み切った」 シルバーはストローを口から外して、カップを振った。カップから水音は聞こえなかった。どうせ飲めないから構わないのだけど。自分の牛乳を飲む。飲みなれた牛乳も、陽ざしに温もって不味く感じる。 「あのさぁ、これ、夢じゃないんだよな」 「しつこいな、現実じゃなかったら何だって言うんだ」 「うん……」 シルバーは苛立たしげに手の中のカップを握りつぶした。冷静になればなるほど、俺の頭の中を今朝のことが支配する。はぁ、溜息が洩れた。シルバーは苛々と、何か言いたげだ。 「今朝、目が覚めたら、グリーンさんとレッドさんがキスしてた」 「はぁ!?」 同じはぁでも、色んなはぁ!?があるもんだ。俺は遠くを見ながら、そう考えた。深く追求したくてたまらなかったけれど、今は後悔していた。 「ライバルだからって、キスするわけないよな」 「あ、当たり、前だろっ」 シルバーは顔を真っ赤にして後ずさった。俺も顔を熱くなるのを感じた。首筋が汗ばむ。 それじゃあ、キスをするレッドさんとグリーンさんはどんな関係なんだろうか。 しかし、あの人たちは、人が寝てる横で何してたんだ。きっとあんな訳の分からない夢を見たのもあの人たちが原因に決まっているんだ。 |