シルバーは馬鹿だ。
 同じ年代、ほぼ同じ背丈、似たような実力の二人が目的を同じくして、同時に旅に出たら行く先々で出会うのは当然だ。だというのにシルバーはそれを運命だとか宿命なんかと勘違いしている。口にこそ出しはしないが、あいつの顔は、あいつのまどろっこしい性分よりもずっと分かりやすい。録な幼少時代を送っていなさそうだから、コミュニケーション能力の発達が大いに不振なんだ。あくまで想像だけど。
 お互いに旅の目的がずれてきたから、これから出会う回数も減るのだろうなと僕はカントー行きの連絡船に乗りながら考えていた。一抹の寂しさを感じたのはどう考えても気の迷いだったとしか言いようがない。実際は行く先々で会ったし、その度に勝負を吹っ掛けられた。口をついてでるのは憎まれ口ばかり。僕は大いにシルバーのコミュニケーション能力に不振を感じた。
 言いたいことがあるのなら、言えばいいものを。運命とか宿命だとかを信じるシルバーは、バトルを通して僕に全てが伝わっていると勘違いしている。妄想甚だしいと僕は思う。マツバさんやナツメさんじゃあるまいし、僕には人の心を覗いたりなんかできないし、バトルの最中に相手の気持ちを察するなんて余裕はない。僕はシルバーが思っているよりも冷酷な人間だ。
 聞き覚えのある子供の悲鳴、幼さに似合わない吊り上った目と、ラジオだけが残った洞。
 僕はこれっぽっち後ろめたさなんて感じなかった。むしろ僕は、自分の行為に誇りすら持ちつつある。コトネちゃんは訳が分からないと混乱していた。しょうがない。あれを理解できるのは、世界に一人僕だけだ。少なくとも、あの赤毛の少年の現在に関しては。


 フスベタウンに立ち寄った僕は、長老に挨拶をしようと竜の祠へ立ち寄った。運悪く修業していたシルバーと鉢合わせしてしまって、二人はどこか気まずいしながら並んでしまった。反してバクフーンになったヒノアラシとオーダイルになったワニノコは嬉しそうにお互いの匂いを嗅ぎ合っていた。シルバーもこれくらい素直であれば可愛いものを、隣を盗み見るとシルバーは何とも言えない表情でじゃれあう二匹を見つめていた。僕も同じような顔をしているのかもしれない。
「……おい、ヒビキ」
 急に自分の頬を抓り始めたのを馬鹿にしているのかと思ったが、シルバーは相変わらず二匹から目を離していなかった。しかし、頑なに一点を見つめる視線がバトルに挑むような緊張を帯びている。どこかもったいぶるようにシルバーは口を開く。
「お前、俺とどこかで会ったことがないか」
「……はぁ」
 シルバーはきっ、と僕を睨む。吊りあがった眼はあの子供と変わらなかった。
 僕は少し考える素振りをしてから「……そこかしこで会ってると思うけど」と答えた。
 シルバーは何か言おうと口を開きながら、それを抑えつけた。一呼吸置いて、そうかよ、と投げやりな掠れた声が聞こえた。僕は鼻をこすりつけ合う二匹に視線を釘付けにした。
 僕らはその後バトルをするでもなく、沈黙のままで居た。二人の間にある緊張はバトルの時以上のものだったけれど、敵意のない緊張をバクフーン達は気に掛けず友との再会を全身で表現していた。二匹が満足すると、僕は当初の目的を忘れたまま、挨拶もそこそこに慌ただしく竜の祠を出ようとした。シルバーは僕を引き留めようとはせず、オーダイルが名残惜しげに鼻を鳴らす。僕は最後にこっそりとシルバーを振り返った。シルバーは相変わらず、朽ちかけた手すりに腰を預けて、鋭い目つきでどこかを睨みつけていた。
「お前に決まってる」



 要するにシルバーは自分が馬鹿正直だと気づいてないどうしようもない馬鹿だ。猪突猛進もいいとこだ。運命だとか宿命だとか信じているロマンチストだ。冷酷な僕はなにもかも無かったことにして素知らぬ振りをしている。しかしそれを否定もせず心のなかで馬鹿にしているだけの僕は阿呆だ。救いようのない阿呆だ。死にたい。






『神様に教えてほしい10のこと』