変わってしまったのだな、と思った。善し悪しの判断は出来ずとも、もう僕らの知る彼とは違ってしまったことは少なからずと寂しさを覚えた。
 三人で並び、一番道路に踏み出した瞬間、空が異様に広く見えたことを覚えている。レンズは麗らかな光を透かして、眼の奥にほんの少しの眩しさを感じた。村から見る空となんら変わりないはずなのに、ただ果てしなく、途方もないようなものに見えた。今でも、たまに空を見上げるけれども、あの時の空とはまた違って見える。それは恐らく、僕自身もあの瞬間からは変わったということなのだろう。それさえも、善し悪しは分からないのだ。
 ただ、ブラックが空を見上げる理由は、きっと僕とは違う。ブラックは時折、何かを思うように空を見上げる。僕との会話の中でさえ、そっと見上げるのだ。眩しそうに目を細めて、あるいは何かを探すように目を凝らして。
 どちらかは判断できない。それは、僕にそれを見極める資格がないからなのだろう。僕はそれを遮ることも出来ず、ブラックが空を見上げるのを止めるまで待つ。僕にはそれが、触れてはいけない、何か神聖なものに思えてならないからだ。

***

「おうい!チェレーン!!」
ふと立ち寄った、町のポケモンセンターの前で、ベルとブラックが話していた。偶然にすこし目を見開くと、ベルがこちらに気づく。そんなに離れた距離でもないのに、大声で僕の名前を呼び、大げさに腕を振った。
「やあ」ブラックは目を細めて笑い、「偶然だね」と嬉しそうに言った。
「まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」
思わぬ再会に、三人とも腰に掛けたモンスターボールがかたかたと揺れる。それとも、闘争本能だろうか。三人でそれにちょっと顔を見合わせて笑う。
「目的が違っても、案外会えるものなんだね」
「もちろん!だってあたしたち見えない絆で繋がってるんだよ」
「随分大げさだな」
 くすり、と笑いを洩らすと、ブラックも同じようにはにかむ。
「でも、もしかすると、三人一緒に揃うのは初めてじゃないかな。一人ずつとは結構会ってたけど」
「そういえばそうかもね」
「だから!絆だよ!」
 ブラックが溜まらないというように小さく吹き出した。ベルは嬉しそうに満面の笑顔を浮かべて、僕は少し旅に出る前に戻った気がした。日差しは暖かくて、遠くに見える川がきらめく。まるで本当にカノコタウンにいるような気さえした。
 遠くからうなり声をあげながら、大きな影が僕等の頭上を通り過ぎる。フキヨセから発進した運送用の飛行機だろう。
「あの飛行機はどこにいくのかなぁ」
 旅に出る前も、ベルは飛行機を見る度に僕等に聞いた。
「さぁ、どこだろう」
「あの方角だと、カントー地方やそこらだと思うけど」
 無意識だろうか、ブラックはほんの、呼吸と呼吸の間の一瞬に、腰かけたボールをなぞる。彼の持つ『英雄の証』なる対のポケモンが入れられたボールを。僕はそれを盗み見て、やはりここは生まれ故郷でもなく、その世界しか知らない僕らではないことを思い知る。
 僕らが、三人を繋ぐ絆を感じるように、二人の間には、二人にしか理解しえない絆がある。伝説のポケモンがそれぞれ、二人を選んだように、言葉や形では表せない繋がりがあるのだろう。過ごした時間や理屈などは遠くにあるものが、ブラックと彼を繋いでいる。あまりに短い二人の関係は、同じようにあまりに鮮烈で、僕には眩しすぎた。
 ふと、ブラックが目を細め、空を見上げた。僕は何も口に出きず、それを見守る。
「ブラック」
 ベルが悲鳴めいた声でブラックを呼ぶ。ベルを振り返ると、眉間に皺を寄せて、泣き出しそうな顔をしている。僕はそんな感情的になれる彼女が羨ましくも思い、愚かしくも思った。泣こうが喚こうが、もう僕らの幼馴染だけだったブラックは戻ってこないことは、彼女もきっと理解していた。ブラックはベルの声にゆっくり振り返る。穏やかな微笑みが一層僕等をみじめな思いにさせた。おずおずと、ベルがブラックに問う。
「ねえ、ブラックは、次はどこに行くの。あたしはライモンシティに行って、ミュージカルに出ようと思ってるんだけど」
 ブラックは少し考えて、「うん、フキヨセの方に行こうと思ってるんだ。」と答え、僕に目配せした。
「チェレンは?」
「僕はこのまま道なりに進むよ」
 そう、とブラックは頷く。ブラックの視界から外れたベルが、小さな息を吐く。安心したのか、やりきれない思いからか。
「じゃあ、僕はもう行くね。日が暮れるまでにポケモンセンターに着きたいから」
「ああ、またどこかで」
 ブラックはベルに手を振った。ベルもそれに応えた。ブラックはそのまま踵を返して、宣言通りフキヨセに続く道を進んでいく。
「やだね、幼馴染って」
 ブラックに聞こえないぐらいの声量で、ベルが呟く。らしくない、せつなげな笑顔でブラックが進んでいった道を見つめている。
「あたしとチェレン、正反対なのに、こんなとこばっかり一緒なんだもん」
 僕は自嘲気味に笑って、耐えきれなかった溜息を吐いては「そうだね」とベルと同じようにブラックが進んでいった道を見つめた。僕はきっと、どうしようもなくベルと同じ顔をしているのだろう。
 幾分か変わってしまった空には、一直線に飛行機雲が引かれている。宛先など僕らには知る由もないのだ。










雲で千切れて