大きなカバンを背負って、故郷から旅に出た。旅立ちにはあんなに軽かったリュックサックは、日を追うごとに肩に喰い込んで、その重さに気付いた。荷物に重さに気付いてからは、歩調も随分ゆっくりになった。列車の中で一日を過ごしたり、船を乗り継いだり、故郷の名前も聞かなくなって久しい。旅立ちの日に裾を折り曲げて履いていたジーンズは、つんつるてんに成ってしまったので買い変えた。見栄を張って裾を引きずるような大きめのジーンズを買ったのだけど、もうそれも四着目だ。裾は擦り切れてボロボロで、布も色褪せてしまっている。小さくなった靴も履きかえて、背負っていた鞄は一回り大きく物に買い変えた。足の長さ自体伸びた。歩調も早くなった。旅立ちの頃と変わらないものと言えば相棒のポケモンだけだ。その相棒も、体を一回り大きくしているけれど。
 新しい土地は、先に有った騒動の残渣を残しつつも、俺を慌ただしく受け入れる。元々色々な人種が入り混じる地域の様だ。不愉快な思いも特にないまま、旅は続いた。行く先々で出会う人々は、一期一会と言うに相応しい。明日にでも忘れる人も居れば、一瞬も忘れられない人だっていた。
「強いなぁ!いやぁ、完敗だ!」
 地に伏せた仲間をボールの中に戻し、感嘆を挙げる。手を差し出すと、少年は照れながらもそれに答えた。
「君ほどのトレーナーは見たことないよ!」
「お兄さんは、他の地方から来たんですか?」
「ああ、遠くから旅をしてきたんだ。俺のポケモンは、こっちじゃ珍しいだろう。」
 少年は頷き、すり寄って来たポケモンをボールにしまった。一角の勇ましいポケモンだ。
「俺からすれば、こっちのポケモンの方が珍しい。」 
 お互いのポケモンに興味を示した俺たちは、ポケモンセンターまで道中同じくすることにした。少年は俺の話をとても楽しそうに聞いた。少年はそれほど長く旅をしている訳ではなく、その証拠に服もこぎれいだ。この地方しか知らないのだろう。あんまり楽しそうに話を聞くので、俺も楽しくなって、ポケモンセンターに着いてからも話し続けてしまった。
「君、もしよければ俺と一緒に別の地方を旅してみないか。世界が開けるぞ」
 少年はおれの誘いに一瞬目を丸くする。
「……ごめんなさい」
「いや、気にしないでくれよ。どうせ今際に出会った人間の誘いさ。しかし、ここにとどまる理由でも?」
 年の割に、老けた笑い方をするのだな、と失礼なことを考えた。あまり深入りするのも気が引けたが、彼があまりにも、遠くを、俺を通して誰かを見るように笑うから、追及せずには居られなかった。
「探し物をしてるんです」
「ここじゃなきゃ見つからないものかい?」
「いえ、」
 俺はできるだけまっすぐに少年の目を覗き込んだ。薄こげ茶の目が、一瞬寂しげに揺れる。
「……待ってるんです」
 しん、と少年の声が空気に響く。これ以上聞くのは野暮だろうと、俺は笑って「そうか」と答える。「早く見つかると良いな」
 少年はまた曖昧に笑った。
 そのままポケモンセンターで一夜を明かし、次の日に少年とは別れた。ポケモンセンターを間にはさんで、少年は大きく手を振った。俺はそれに負けず大きく手を振る。
 ふと故郷の友人を思い出した。故郷では花も芽吹きだす季節だ。
「結局名前も聞かないままだったか」
 あんな顔をして笑うのだ。俺なんかが足元にも及ばないのは当然だった。少年は、俺の話を聞いて、待ち人の見る景色を見たかったのだろうか。
 あぁ、懐かしい臭いのする少年だった。





待ち人来らず。