シンオウが冬を迎えるのは案外遅い。正確にいえば、他の地方よりも初冬がやたらと長い。雪が降ったくらいでは冬じゃないからだ。シンオウの本当の冬は、小柄な少年がすっぽり覆われるほどの雪が降り始めてからだ。
歩道の端に寄せられた雪に深く踏み入った足跡の穴を眺めながら、デンジは手に持った缶コーヒーで悴んだ指を慰めた。飲みやすい温度のはずのそれが、凍ったような指先には燃えるように熱い。自販機の隣のベンチに腰掛けるが、それも雪に晒されて氷のように冷たかった。しかしそれに嫌な顔一つしないのは、過酷な冬の寒さもシンオウでは日常のひとつだからだ。指先の感覚が戻ってきたのを確認して、デンジはプルタブを引っ張る。苦いコーヒーが体を周り、デンジの体を温めた。コーヒーの匂いをした呼吸をすると、寒さの中の心地も和らいだ。 デンジは温かいコーヒーを、ちびちび舐めるように飲んでいった。しかし、外気に触れたコーヒーはすぐ冷えてしまって、かえってデンジの体の熱を奪っていった。不味くなったコーヒーと、それに持って行かれた体温に舌打ちしたが、静まり返った広場では、舌うちも苛立ちも、ただ雪に溶けていく。 デンジの恰好は、いつも通り、青いジャケットに黒のインナーだけで、雪が降り積もるこの温度には到底相応しくない恰好だった。いつも開け放しになっているジャケットも、今は閉じ、首をすぼめて、ジャケットの襟になんとか首筋を避難させようとしている。実際にデンジの首筋は気の毒なほど青白くなっていて、普通なら、今すぐにでも家路たどるべきだが、デンジはそうしなかった。冷たさが体を伝うので、ベンチから立ち上がり、赤くなった指先を揉む。腕を組み、時折思い出したようにびゅう、と吹く北風に震えた。 肌を差す冷気が痛いぐらいの寒さの中、デンジの白い息が、重く暗い色をした雲に昇って行った。 「デ、デンジさん!?」 青いコートに白いマフラー、赤い帽子。少し着膨れした、やぼったい少年が悲鳴を挙げた。少し先に見えるポケモンセンターから、顔面を真っ青にしてデンジに駆け寄る。 「な、ど、どうしたんですか!?なんでいるんですか!?」 「待ってた」 「帰っておいてくださいって言ったじゃないですか!」 「うん」 呆れているのか怒っているの、口をわなわなさせている。デンジは目を細めて笑った。 「でも寒いだろ」 「デンジさんの方がよっぽど寒いですよ。せめてセンターの中で待ってくれてたら良かったのに」 「気、使うだろ」 「こっちの方が気を使いますよ!」 コウキが怒鳴った。デンジはちょっと悩んで「ごめんな」と呟いた。どうしてかコウキはひどく傷ついた顔をしていた。デンジの言葉を聞いて、そのまま俯いてしまう。 デンジは気まずさに視線を漂わせて、「じゃあ、まぁ、帰ろうぜ」とコウキに呼びかけた。コウキは黙って頷き、デンジの一歩、斜め後ろを歩いた。 せっかく待って、たのになぁ。デンジは小さくため息を吐く。ちら、とコウキを見ると、カチッ、と視線は合うが、コウキにさっと逸らされてしまった。デンジはもう一度溜息をついた。コウキの手も、もう指先が赤くなり始めている。デンジの手も、ポケットの中で凍えたままだ。 「ん」 デンジはコウキに手を差し出す。コウキは少し面食らったようだが、おずおずとデンジの手を取った。 「つめたっ、デンジさんこれ血、流れてます!?」 「コウキの手はあったかいな、子供体温だもんな」 はは、とデンジが笑うと、コウキはもーとむくれっ面でそっぽを向いた。手はつないだまま、大人と子供の身長差の間でゆらゆらと揺れてた。 「デンジさん、手、冷たいです」 「いいだろ、すぐあったかくなるさ」 デンジは笑った。繋いだ手から、熱がまわり始めていた。 |
寒さから遠く