*ダイゴさんが若年性アルツハイマーとかそういう設定。




   見知らぬ青年が我が物顔でキッチンを占領していたものだから、思わず言葉を見失った。青年は寝室から出てきた僕を気にも留めていないようで、「おはよ、もう昼だけど」とこっちを振り向きもせずに言った。まるで自分がここにいることが承知の、当然のことだとでも言うようだった。
「あ、コーヒー飲む?」
 僕が口をポカンと開けているのを、まだ寝ぼけているのだと勘違いしたのだろう。僕はあっけからんとした青年に気圧されて、寝起きのかすれ声で「……お願いするよ」と返事をした。青年は食器棚から僕のマグカップを間違いなく選びとって、すでにドリップ済みのコーヒーを注いだ。ミルクを入れて、砂糖はなし。完全に僕の好みを把握しているのか、僕がいつも飲んでいるそのままのコーヒーをテーブルの定位置に置いた。唖然としながらも僕はテーブルに腰を据える。青年はすぐに昼食を作りに戻っていて、僕は余計に混乱した。
 じゅうじゅうと音を立てるフライパンから、おいしいそうな匂いが漂っている。
「何を作っているんだい?」
「焼きそば」
 野菜あまってたし、と青年が言う。最近の夕食は、ユウキくんに任せてばかりだったから、僕には覚えがなかったけれど、余っていたというからには、余っていたのだろう。ユウキ君は少し前から、料理に目覚めたとか急に意気込み始めたけれど、何しろ素人だから、料理の腕はいいとは言えなかった。以前作ってくれた焼きそばは、麺はねちねちと固まっているし、ソースはまだらで、胡椒の振りすぎで舌が痛かった。とてもじゃないが食べられたものではなく、本人ですら顔を顰めていた。食べたくないなら食べなくてもいいと言われたけれど、弱音を押し殺しながら、必死で完食した。あんな風に言われては、意地でも完食せざるを得ない。
「(またあんなのが出たら困るなぁ……)」
 ユウキ君だからこそ食べ切れたものの、この青年があの焼きそばと同じものを出してきたら、一口で音を上げてしまうだろう。
 注意深く青年を観察していたら、その内にどうやら出来上がったらしく、テーブルに二人分の焼きそばが並べられる。匂いや見た目は、比べ物にならないほど美味しそうだった。
「食べたくなかったら食べなくてもいいよ」
 青年は僕の向かい、いつもはユウキ君が座る席に座った。箸を僕に差し出すと、先に焼きそばを食べ始めてしまった。やはり僕への興味が薄いのか、僕の様子を窺うような動作は少なかった。新手のストーカーと予想していたのだけれど、どうやらそんな雰囲気でもなさそうだった。
 ちょうど腹の虫が空腹を訴え始めていたのもあって、僕は湯気を立てる焼きそばを、少しだけ口に運んだ。
「美味しい」
「そう、良かった」
そういう割に、青年は興味もなさそうに焼きそばをすすり続けていた。
「焼きそばって、こんなに美味しいものなんだね。」
「うん?」
 半分ぐらい減った焼きそばから、青年が顔を上げる。訝しげな顔をしていた。
「以前食べた時はひどい味だったからさ」
 青年はぷ、と噴出した。
「いつの話だよ」
 笑った顔はどこかユウキ君と似ていて、自分でも単純だとは思うけれども、僕の警戒心はだんだんと溶けていく。
「君のほうが上手だけど、その子が作ってくれたものに、味が似てるなぁ」
「……ふーん?」
「まぁ、味なんてあってないようなものだったけれど、本当にひどかったからさ」
「でも全部食べたじゃん」
 青年は詰らなさそうにまた焼きそばをすすり始めた。
「だって、ユウキ君が作ってくれたんだ。食べないわけにはいかないよ」
 そこで青年は、やっと食べるのを中断して、見定めるように僕と視線を合わせた。すっと通った鼻筋や、気の強そうな眼。見覚えがある、というか、ユウキ君によく似ていた。
「そういえば、君によく似ている。兄弟かな?」
「俺は一人っ子だよ」
「そうだね、その子も一人っ子だ」
 青年は焼きそばを口に運ぶことに戻った。吸い込まれるように焼きそばが青年の口に運ばれる。良い食べっぷりだ。そんなところも、ユウキ君に似ていた。
 青年は本当に僕に興味がないのかもしれない。じゃあ何故ここにいるのだろう。もう何日もここに居座っているみたいに、自然に。僕にとっては不自然以外の何物でもないのに。
ユウキ君はどこに行ったんだろうか。昨日あの子は泊って行ったはずだ。
「君はユウキ君を知ってる?」
「……何で?」
「昨日は泊って行ったはずなんだけど、見当たらないんだ」
 青年は少し考えるそぶりをしたけれど、何も答えない。何かを知っていそうでもあり、何もわからないと言うようでもあった。
「君と良く似ているんだ。心配だな。あの子はとても要領のいい子だけど、それ以上に無鉄砲だし、生意気だし、人の話もあまり聞かないからな。また何か、面倒なことに首を突っ込んでないといいんだけれど」
「あんた本当に心配してんのかよ」
 青年が呆れたような、うらみがましい目をしていた。
「……あの子はまだほんの子供だから、当然心配さ」
「むしろなんか、鬱陶しがってるように聞こえるんだけど」
「そうかい?……まぁでも、可愛いところもあるんだよ。生意気だし、腹も立つけどね」
「嘘くさい」
「嘘じゃないよ」
「……ふーん」
「僕はあの子に会ってから、本当に、生き返ったような気がするんだ。大切だし、失いない。僕は多分本当に、あの子が好きなんだろうな。こんなこと、誰にも言えないけれど」
「ふぅん……」
 青年は焼きそばを食べ終えていて、水を飲んでいた。しかしなんだか疑わしげな眼をしながら、「でも俺に話してるじゃん」と冷たく言い放った。
「あっ…………はは、なんでだろう、恥ずかしいな」
 本当に喋りすぎてしまった。僕の焼きそばはほとんど減っていないし、謎の青年は胡散臭そうな視線のまま、皿を片づけ始めた。僕は首の後ろが熱くなるのを感じながら、焼きそばに取り掛かる。表面が冷えて少し硬くなってはいた物の、やはり青年の作ったものはとても美味しかった。ユウキくんもいつかこれだけのものを作るようになるだろうか。彼は要領がよくて器用だから、すぐにでも上達するだろう。バトルの腕がそうだったように。
 青年は新しくコップに水を注いで、喉を慣らしていた。目を伏せて、すこし考え事でもしているようだ。僕は気恥ずかしさに追われて、急いで焼きそばを食べた。
「うんまぁでも、俺も好きだよ。あんたのこと」
 青年が呟き、含み笑いをする。僕は彼にひどいことをしてしまっただろうか。青年は何処か寂しげに笑った。
「気にしなくていいよ。どうせ明日には忘れてるだろうから」





101回目のなんちゃら