旅に出た理由は特にない。特にトレーナーになりたいと思っていたわけでもない。僕はマサラが好きだったから、草むらの向こうを覗いてみたいという思い以外は、村を出たいと思ったことはない。オーキド博士に図鑑を渡されたりもしたけれど、図鑑なんかほとんど起動させたこともなかったし、博士が自分に図鑑を手渡した理由も分からなかった。結局図鑑に手持ちの以外の名前が増えたことはない。
 もしも旅に出た理由があったとしたら、グリーンが旅に出たからかもしれない。こんな言い方だと、僕がグリーンの金魚の糞のようで気に入らないので訂正する。グリーンが僕に旅に出ることを自慢して引けひらかした挙句に「お前は俺の活躍を指をくわえて見てろよ」なんて威張り散らしたからだ。むかつく奴だった。聞いてもいない話をべらべらしゃべるし、いつも自慢ばかりして僕を馬鹿にした。旅に出てからも突っかかってきて僕を馬鹿にして勝負を挑んできた。負ければ当然僕を馬鹿にして、勝てば負け惜しみを言って何処かに去って行った。僕が何処へ行ってもグリーンが待ち伏せしていて、僕はグリーンのうぬぼれた顔を見るのにうんざりしていた。リーグに挑んで四天王を倒しても、待ちうけていたのはグリーンのうぬぼれた顔だった。うんざりを通り越して目眩がする。いつも以上にやかましく立て並べて、僕の話なんて一向に聞く気がないから、僕はもう黙り込むしかなかった。

 チャンピオンの部屋は広くて豪華だけど退屈だった。挑戦者が来なければどこに行っても良いと言われたけれど、特に外に出る理由も思いつかなくて、僕は部屋の中で寝てばかりいる。起きても、ずっと頭はぼんやりしたままだ。広いベッドでごろごろと転がる。ピカチュウは転がる僕に巻き込まれないよう、ベッドの隅で丸まって眠っている。手を伸ばしてピカチュウの頭を撫でていると、大きな扉から顰め面のワタルが入ってきて、「君は本当に寝てばかりだな」と言い捨てた。食堂からご飯を運んでくれたらしく、食事を並べたトレーを持っている。ワタルはいつも不満げな顔で僕を見る。ぐうたらな僕が嫌いなのだろうけど、何かと世話を焼いた。ベッドの横のサイドテーブルにトレーを置くと、僕を一睨みした。僕の横で眠っていたピカチュウが、それに反応してぱちぱちと火花を散らす。シーツが焦げた。ワタルは硬い口調で「何か必要なものはあるか」と聞く。「新しいシーツ」ワタルは口を真一文に引きしめてマントを翻した。僕を怒鳴りつけるのを、ぐっと押し込めたみたいだ。
 言いたいことは言えばいい。グリーンみたいに。けれど最後にグリーンに勝ってから、あのうぬぼれた顔は見ていなかった。そもそも、初めにチャンピオンを目指していたのはグリーンだ。あのうぬぼれ屋は、こんな退屈な生活がしたかったのだろうか。そう考えるとますますグリーンが分からなかった。あれほど執拗に突っかかってきたのに、今はどこにいるかも分からない。
 ふと思い立ち、部屋から出ようとするワタルに「グリーンは?」と聞くと、ワタルは一瞬立ち止まり「俺が知るわけないだろう」と吐き捨てた。何を怒っているのだろう、ワタルは大袈裟に扉を閉めて出て行った。ワタルが出ていくと、ピカチュウはまた静かに寝息を立て始めて、部屋は何の音も聞こえなくなった。食事からは美味しそうな匂いと湯気が立っていたけれど、寝てばかりの僕に食欲なんかがあるわけもなく、嫌みのような匂いに目をつぶった。
 数時間後に目が覚めた時に、食事は冷めきっていて、小腹にすっぽりと穴のあいたとしてもそれを口にする気にはなれなかった。緑色をしたサラダだけがまともに食べられる味で、僕は緑のしなびた葉っぱを数枚口にして、改めて眠りに就いた。










とりとめもない