「……」
 コガネでは見られなかった星が、ホウエンでは良く見える。星影、最近知った単語が脳裏に浮かぶ。影と光は、正反対のものなのに、同じ意味を持つ複雑な言葉だと知ったのはつい最近、ホウエンに引っ越してくるトラックの中でだった。
 暗がりでありありと見える虹彩の輝きが、ちらちらと影の中で光る。星の瞬きに似ていた。青白く光る虹彩に、ぼんやりと浮かび上がる瞳は力強く、その意思の強さを静かに暗示する。
「やぁ」
 田舎の、洞窟には不釣り合いな、黒光りした革靴が影から躍り出る。銀髪が岩壁の隙間から洩れる光で縁取られ、瞳と一緒に青白い光を灯す。
 綺麗な人だな、と思った。
 青白い色は星が煌々と燃えるように力強くて俺はたびたびそれに見惚れた。
 ぼんやりとした白い縁取り。夜のカーテンの裾を焦がす光。まだ青い恒星。
 ダイゴさんは俺の視線に気づけば、その星の様な瞳を細めて笑う。何もかも見透かしたような虹彩に、体が内側から焼けるようだった。けれども俺がどれだけそれを覗きこんでも、その真意は読めやしない。望遠鏡越しに覗くようなやり取りは、まどろっこしくて酷くヤキモキしたけれど、それが心地良かった。
 夜の暗闇から星を覗きこむような、二人だけのやり取りが楽しかった。


 トクサネの隅にあるダイゴさんの家からは星がよく見える。旅に出てから見上げると満天に光る星が面白くて、空ばかり見ていた。
 でもダイゴさんにはそれも退屈らしく、地面を掘ってばかりいる。部屋一面のコレクションの名前をダイゴさんは暗記しているけれど、俺が指差したベガもアルタイルも、ダイゴさんは知らなかった。俺もこちらに来てから眺めるようになったものだけれど、ダイゴさんが知らないことを、俺が知っているということが何だか嬉しかった。
 俺は窓辺に凭れかかって煩いぐらいの星を見上げ、ダイゴさんは椅子に深く腰掛けて、石に関する小難しい本を読んでいた。
 星が良く見えるホウエンの中でも、トクサネは特別星が見える。何しろ宇宙開発センターが有るくらいだから、きっと、ホウエンで一番星が近い場所のはずだ。俺は冗談まじりのそれを半ば信じている。
 ぼぅ、と見る星座を、頭だけでなぞった。白鳥座。デネブ、アルビレオ、と丁度十字を切り終わったとき、ダイゴさんが後ろからふふ、と小さく笑う。振り返れば、ラフな格好をしたダイゴさんが、やはり、眼を細めて笑っていた。
「君はまるで空気みたいだね」
「……ふーん?」
 ダイゴさんはもう一度小さく笑った。 その微笑みに呼ばれた気がして、俺は立ちあがってダイゴさんに近付く。
「それっていてもいなくても一緒ってこと?」
「まさか。君がいなくちゃ、生きていけないってこと」
 ぎょ、っとしてダイゴさんの顔を見返すが、やっぱり何を考えているのか分からない顔で笑うだけだった。俺は言葉に言い淀んで、ダイゴさんに応える言葉を探して、視線を当たりに彷徨わせる。そんなものがみつかるはずもなく、俺は苦し紛れに言葉を口にした。
「……あんたの顔は、好きだよ」
「顔だけ?」
「俺はあんたの顔しか知らない」
 それ以上を知ろうともしなかった。今の距離が、何万光年もが隔たるこの距離が心地良かった。
「じゃあ、教えてあげるよ」
 何が知りたいの? 
 そう言って俺の顔を見つめ返す顔は、ずるいぐらいに大人の、余裕ぶった顔で、俺は思わず眼を逸らす。それでもダイゴさんは、それを見越していたみたいに、俺の手に柔らかく指を絡めた。体が、内側から焼けるみたいだ。
「……っ、……と、歳、は?」
「年上だよ、十歳以上も」
「じゃ、じゃあ……仕事……」
「ストーンゲッターだよ。それから副業にデボンの副社長」
「普通、逆……だろ」
「家の手伝いをさせられている様なものだからね……でもお金持ちだよ?」
「あんたの金じゃないし」
「君に優しい」
「誰にでもだし、それに物をくれるだけだし」
「バトルにも強い」
「知ってる。……でも俺に負けた」
 手厳しいなぁ……、と困ったように笑うけれど、本当は全然困っていない。
「じゃあこれは知ってた?」
「なに?」
「君のことが好きだ」
 俺ばっかりが困っていて、手にはじっとりと汗が滲み始めていた。ダイゴさんはそれでも俺の手を弄ぶように指を絡ませる。その指を伝ってダイゴさんの顔を盗み見る。
 そこには、眩しいぐらいに近い、青く、力強い恒星。
 俺は、この人の何も知らない。今のが嘘か本当かも見分けられない。
 好きなものは、嫌いなものは。休日はどう過ごしているの。いつも薄ら笑いのあんたがしかめっ面で話してた、さっきの電話の相手は誰。どうして俺に構うの。どうして俺をいつも助けてくれるの。どうして、俺に特別優しいの。
 知りたいことばかりで、けれど聞けないことばかりで、あんたが星なら、それでも良かったのに。
「……知ってる? 星が燃えるのに空気はいらないんだ」
「へぇ、でも、僕は星じゃないよ」
 俺だって空気じゃない。その言葉はダイゴさんのキスに喰われた。










君の瞳に恋してる(笑)