俺たちはどうしてこんなにも道を違えてしまったのかと考えると、行き着いた結論は元々交わってなどいなかったのだという至極簡単でこれまた絶望的な答えだった。一年前にはそれこそ不眠になるほど悩み抜いたことが、今になるともうまるで答えが用意されていたようにあっさりと見つけられた。感慨深いとまではいかないが、やはり諦めがついたというのだろうか。
思えば確かにスザクと過ごした夏は楽しかった。一年に満たないほんの一時に過ぎないことだったが、俺は確かに楽しいと記憶していた。思い出は美化されると言うから、実際はどうだったかなんてもう判断も出来ない。しかし俺は考える。考えることしか取り柄がないからだ。(認めたくはないが)絶望的に体力はないし、それどころかヘタな女と比べると俺の方が余程細い。筋トレを始めることもあったが三日どころか一日で諦めてしまった。どう考えても絶望的だ。容姿がいいと言ってくる輩もいるが、容姿で与えられる影響など微々たるものだ。
そんなことは本題ではなく、まあその本題だって本題にするほどの意義があるかと聞かれれば、ないに決まっていたのだけれど。考えるべきはもっと別のことだ。しかし俺の思考の大部分がそれに省かれていた。残り少ない空き容量でこんなことは無駄だと考えている。こういうのを日本語ではなんと言うんだったか。――――独り相撲?
まぁ、どうだっていいことだったけど。
ともかく、俺たちはどうしたってすれ違う。俺たちはなんの規則性もなく生きて、俺たちの人生はひどく蛇行していて、線なんて言えないような形で存在を主張している。だから俺はその蛇行している軌跡の交わったところを美しいものと思い込んで、綺麗でもなんでもないただのぐちゃぐちゃな線を、必要なことと思い込んで、ただの気まぐれを、必然だの運命だのそんなのにすり替えて、綺麗なガラスのケースに閉じ込めて、それだけで満足していたんだ。それが歪に歪んでいることも知らないで、手にとって確かめることもしないで、俺はそれを愛でて、馬鹿みたいに自分の中にしまいこんだ。馬鹿だろう、陳腐だろう、滑稽だろう?笑ってくれ、誰か俺を指差してとんだ道化だと大笑いしろ。だって俺はまだ。まだ。
悲しいんだ。悲しくて仕方ないんだ。
だってそれが歪に歪んでいたって、偽物だって、大切だったんだ。大切で暖かくて、守りたかったんだ。好きだったんだ。愛していたんだ。
俺は、スザクお前を、愛していたんだ。今もまだ愛しているんだ。くるくるの髪も、キラキラ光る碧の目も、がっしりとした体も、穏やかな声もすっと通った鼻筋も本当に、愛しているんだよ。
今更こんなこと思うのもどうかしてるかも知れないけれど、やっぱり駄目だ。好きなんだ。俺はお前の大切な人を奪って苦しめて、苦辱を尽くして、お前の目には俺は悪魔になって映っているだろうけど、俺の目には。
スザク覚えているか。もう七年前の思い出は悲しいものでしかなくなったけれど、それでも俺の中ではまだ宝石みたいにキラキラ光って、確かな希望を俺にくれるんだ。やり直せるなんて思わないさ、けれどやり直したいと思うんだ。こんなお互い否定しあうことしか出来ないような関係にはなりたくなかった。お前は俺を認めないだろうし、俺だってお前を認めるわけにはいかない。認めてしまえば俺は俺を否定しなければいけなくなる。俺のして来たことは間違いだったと、俺自身が否定しなければいけなくなる。それは駄目だ。今まで何人の死体を積み上げたのか知れないのに、シャーリーの父親も、クロヴィス、コーネリアに、―――ユーフェミアも。犠牲にしてきたものを、間違っているなんて、俺が言えるはずない。言う資格もない。
だけどスザク。認めてくれよ。お願いだ、認めてくれよ。
俺はルルーシュなんだよ。ゼロじゃないんだ。ルルーシュなんだよ。ユーフェミアを殺したのはゼロじゃない、俺なんだよ。お前を助けたのも、お前に生きていて欲しいのも、全部俺なんだ。俺がお前を愛しているんだ。スザク、愛しているんだ。
お前の歪んでしまったものを、俺は否定したりしない。同情なんかじゃない。哀れみなんかじゃない。だって、俺が、お前を否定できるはずがない。お前が父親を殺して後悔していることを知って、俺はこの戦いをやめたりはしない。スザク、ごめん。ごめんなさい、ねえ俺たち、出会わなければよかった。
体の真ん中に空いた穴が熱い。痛みを通り越して、そこから火が出ているように熱かった。ああ俺は死ぬんだな、と冷ややかに思った。不思議だ。ゼロが生まれたあの日、俺はあんなにも死を恐れたはずなのに今はまるで何も感じない。もう後五分も保たないだろうと、遠くなる感覚と頭の辛うじて生きている部分が教えてくる。
「違う、違う、違う俺はゼロを!ゼロを殺して、殺したけど、ルルーシュは、ル、ルーシュはっ!」
違う違う、と喚き散らすスザクを見るのが、ひどく悲しかった。
スザク、違わない、ゼロは俺だよ。お前がルルーシュを殺すんだ。
ボロボロと涙が溢れてくる。こんなふうに泣くのはお前と再会した夜以来だ。生きていてよかった、スザク。今更だけど、そう思うよ。
――スザク。声は出ず、代わりにシューシューとか細い息が漏れた。手を伸ばす。スザクの動揺で揺れ動く瞳がほんの少しだけ平静を取り戻す。悲壮に歪む碧の目が俺をみた。
「―――ルーシュ………!」
「―――――ス、ザク」
愛してる。命を賭けて一世一代の告白だ。やはりとんだ道化だろう。
なにも残らない